3.百人一首 意味






1.
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

秋の田の傍にある仮小屋の屋根を葺いた苫の目が粗いので、私の衣の袖は露に濡れてゆくばかりだ。
2.
春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山

春が過ぎて夏が来たらしい。夏に純白の衣を干すという天の香具山なのだから。
3.
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む

山鳥の尾の垂れ下がった尾が長々と伸びているように、秋の長々しい夜を一人で寝ることになるのだろうか。
4.
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

田子の浦に出てみると、まっ白な富士の高嶺に今も雪は降り続いていることだ。
5.
奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき

奥山で紅葉を踏み分けて鳴いている鹿の声を聞く時こそ、秋の悲しさを感じるものだ。
6.
かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける

かささぎが連なって渡したという橋、つまり、宮中の階段におりる霜が白いのをみると、もう夜もふけてしまったのだなあ。
7.
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

長安の天空をふり仰いで眺めると、今見ている月は、むかし奈良の春日にある三笠山に出ていた月と同じ月なのだなあ。
8.
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり

私の庵は都の東南にあり、このように心静かに暮らしている。それにもかかわらず、私が世を憂いて宇治山に引きこもったと世間の人は言っているようだ。
9.
花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに

桜の花はむなしく色あせてしまった。長雨が降っていた間に。(私の容姿はむなしく衰えてしまった。日々の暮らしの中で、もの思いしていた間に。)
10.
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

これが例の、都から離れて行く人も都へ帰る人も、知っている人も知らない人も、出逢いと別れをくり返す逢坂の関なのです。
11.
わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり舟

大海原のたくさんの島々を目指して漕ぎ出してしまったと都にいる人に伝えてくれ。漁師の釣舟よ。
12.
天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ

天の風よ。雲間の通り道を閉ざしてくれ。天女の舞い姿をしばらくとどめておきたいのだ。
13.
筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

筑波山の峰から落ちる男女川の水かさが増えるように、私の恋心も積もりに積もって淵のように深くなってしまった。
14.
陸奥みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに

陸奥のしのぶずりの模様のように心が乱れはじめたのは誰のせいか。私のせいではないのに。
15.
君がため 春の野にいでて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ

あなたのために春の野に出かけて若菜をつんでいる私の衣の袖に、次々と雪が降りかかってくる。
16.
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

あなたと別れて因幡へ赴任して行っても、稲葉山の峰に生えている松ではないが、待っていると聞いたならば、すぐに帰ってこよう。
17.
ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

神代にすら聞いたことがない。竜田川が紅葉によって水を真っ赤に染め上げているとは。
18.
住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢のかよひ路 人目よくらむ

住の江の岸には昼夜を問わず波が打ち寄せてくる。夜に見る夢の中でさえ、あなたが私のところに通ってくれないのは、人目を避けているからだろうか。
19.
難波潟 短かき芦の 節の間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや

難波潟に生えている芦の短い節の間のような、ほんの短い時間も逢わないまま、一生を終えてしまえとあなたは言うのでしょうか。
20.
わびぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はむとぞ思ふ

思いどおりにいかなくなってしまったのだから、今となっては同じことだ。難波にある航行の目印、澪標(みおつくし)ではないが、身を尽くしても逢おうと思う。
21.
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな

あなたがすぐに来ると言ったばかりに秋の夜長を待っていたら、有明の月が出てしまった。
22.
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ

吹くとすぐに秋の草木がしおれるので、なるほど山風を嵐というのだろう。
23.
月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど

月を見ると、いろいろと物事が悲しく感じられる。私ひとりの秋ではないのだが。
24.
このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに

今度の旅は、御幣をささげることもできない。とりあえず、手向けに山の紅葉を錦に見立てて御幣の代わりにするので、神の御心のままにお受け取りください。
25.
名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな

逢坂山のさねかずらが逢って寝るという名を持っているのであれば、さねかずらが蔓を手繰れば来るように、誰にも知られずにあなたを手繰り寄せる方法がほしいものだなあ。
26.
小倉山 峰の紅葉ば 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ

小倉山の紅葉よ。お前に心があるなら、いま一度の行幸があるまで散らずに待っていてほしい。
27.
みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ

みかの原を分かつように湧き出て流れる泉川ではないが、いつ逢ったということで、こんなにも恋しいのだろう。
28.
山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば

山里は、冬に一段と寂しくなるものだなあ。人も来なくなり、草も枯れてしまうと思うので。
29.
心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花

当てずっぽうで折るなら折ってみようか。初霜がおりて区別しにくくなっている白菊の花を。
30.
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

有明の月がつれなく見えた。薄情に思えた別れの時から、夜明け前ほど憂鬱なものはない。
31.
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪

夜がほのかに明けるころ、有明の月かと思うほどに、吉野の里に降っている白雪であることよ。
32.
山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり

山中を流れる川に風がかけたしがらみは、完全に流れきらずにいる紅葉だったのだなあ。
33.
久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

日の光がのどかに降りそそぐ春の日に、どうして落ち着いた心もなく、桜の花は散ってしまうのだろう。
34.
誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに

いったい誰を知己にしようか。いくら高砂の松が長寿だからといっても、昔からの友ではないのだから。
35.
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

あなたのおっしゃることは、さあ、本心なんでしょうか。私には分からないですね。なじみの土地では、昔と同じ花の香りが匂ってくるのものですよ。
36.
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ

夏の夜は、まだ宵だと思っているうちに明けてしまったが、雲のどのあたりに月はとどまっているのだろう。
37.
白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける

白露に風がしきりに吹きつける秋の野は、紐で貫き留めていない玉が散っているのだよ。
38.
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな

あなたに忘れ去られる私自身については何とも思わないですが、永遠の愛を神に誓ったあなたの命が、誓いを破った罰として失われることが惜しいだけなのですよ。
39.
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき

浅茅が生えている小野の篠原の“しの”のように忍んでいるけれども、どうしてあの人のことが、どうしようもなく恋しいのだろう。
40.
忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで

他人には気付かれないように耐え忍んできたけれど、顔色に出てしまっているのだ。私の恋は。「恋の物思いをしているのですか」と他人が問うほどまで。
41.
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

恋をしているという私の噂が早くも立ってしまったのだよ。他人に知られないように思いはじめていたのに。
42.
契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは

約束したのだなあ。互いに涙で濡れた袖をしぼりながら、末の松山を波が越さないように、二人の愛が永遠であることを。
43.
逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり

あなたを抱いた後の恋しさに比べると、昔の恋の物思いなどは何も思っていなかったのと同じであったなあ。
44.
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし

男女関係が絶対にないのであれば、かえって、あの人に相手にされないことも自分自身のふがいなさも恨むことはないのに。
45.
哀れとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな

私のことをかわいそうにといってくれるはずの人は思い浮かばず、はかなく死んでいくのだろうなあ。
46.
由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな

由良の瀬戸を漕ぎ渡ってゆく船頭が櫂(櫓)がなくなって、行き先もわからず漂流するように、この先どうなるかわからない恋の道だなあ。
47.
八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり

幾重にもつる草が生い茂っている家、さびしい家に人は訪ねてこないが、秋だけはやって来たのだよ。
48.
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな

風が激しいせいで岩を打つ波が、自分だけで砕け散るように、私だけが砕け散るような片思いにふけるこのごろだなあ。
49.
みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ 物をこそ思へ

皇宮警備の衛士の焚く火が、夜は燃えて昼は消えることをくり返すように、私の恋の炎も夜は燃えて昼は消えることをくり返しながら、物思いにふける日々が果てしなく続くのだ。
50.
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな

君のためには惜しくなかった命でさえ、結ばれた今となっては、長くありたいと思うようになったよ。
51.
かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしもしらじな もゆる思ひを

「こんなに愛している」とさえ言えないのですから、伊吹山のさしも草ではありませんが、それほどとはご存じないでしょう。あなたへの燃える思いを。
52.
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな

夜が明けてしまうと、必ず暮れて、あなたに逢えるとは知ってはいるものの、それでも恨めしい夜明けだなあ。
53.
嘆きつつ ひとりぬる夜の あくるまは いかに久しき ものとかはしる

あなたが来てくださらないことを嘆きながら一人で寝る夜が明けるまでの間は、どれほど長いものかご存知でしょうか。ご存知ないでしょう。
54.
忘れじの ゆくすえまでは かたければ 今日を限りの 命ともがな

忘れはしまいとおっしゃるお言葉は、遠い未来まではあてにしがたいので、今日を限りの命であってほしいものです。
55.
滝の音は たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ

滝の音は聞こえなくなってから長い年月がたったが、音の評判だけは世間に流れて、今もなお聞こえているなあ。
56.
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな

私は、そう長くは生きていないでしょう。あの世へ行ったときの思い出のために、もう一度あなたに抱かれたいものです。
57.
めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな

めぐりあって見たのがそれだったのか、それでなかったのかも判らない間に雲隠れしてしまった夜中の月のように、(幼なじみの)あなたはあっという間にいなくなってしまいましたね。
58.
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

有馬山、猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと音を立てる。(あなたは、私が心変わりしたのではないかとおっしゃいますが)私がどうしてあなたのことを忘れたりするものですか。
59.
やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな

いらっしゃらないことがはじめからわかっていたなら、ためらわずに寝てしまったでしょうに。今か今かとお待ちするうちに夜も更けてしまい、西に傾くまでの月を見たことですよ。
60.
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立

大江山を越えて生野を通って行く道は遠いので、まだ天の橋立に行ったこともなければ、母からの手紙も見ていません。
61.
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな

昔の奈良の都の八重桜が(献上されてきて)、今日、京都の宮中に一層美しく咲きほこっていることですよ。
62.
夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ

夜が明けないうちに、鶏の鳴き声をまねて、わたしをだまそうとしても、(中国の孟嘗君が鶏の鳴き声をまねて門が開いた)函谷関ならともかく、あなたとわたしの間にある逢坂関は開きませんよ。
63.
いまはただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな

今はただ(恋愛を禁じられて監視されているいる)あなたへの思いをあきらめてしまおうということだけを、人づてではなく直接お目にかかってお話しする方法があればなあ。
64.
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木

朝がほのぼのと明けるころ、宇治川の川面に立ちこめていた川霧がところどころ晴れていって、その合間から現れてきたあちこちの瀬に打ち込まれた網代木よ。
65.
うらみわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそをしけれ

恨みに恨みぬいて、ついには恨む気力すら失って、涙に濡れた袖が乾く暇もありません。そんな涙で朽ちそうな袖さえ惜しいのに、恋の浮名で朽ちてしまうであろう私の評判がなおさら惜しいのです。
66.
もろともに あはれと思へ山桜 花よりほかに 知る人もなし

山桜よ、私がお前を見て趣深く思うように、お前も私のことを愛しいと思ってくれ。私にはお前以外に知人はいないのだから。
67.
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなくたたむ 名こそをしけれ

春の短い夜の夢ほどの添い寝のために、何のかいもない浮名が立ったとしたら、本当に口惜しいことです。
68.
心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな

心ならずも、つらいこの世に生きながらえていたならば、きっと恋しく思い出すにちがいない、この夜更けの月であるなあ。
69.
あらし吹く 三室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり

嵐が吹く三室の山のもみじの葉は、竜田川の水面に落ちて、川を錦に織りなすのだ。
70.
さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこもおなじ 秋の夕ぐれ

さびしさに耐えかねて家を出てあたりを見渡すと、どこも同じ寂しい秋の夕暮れだ。
71.
夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く

夕方になると、家の門前の稲の葉に音を立てて、蘆葺きの小屋に秋風が吹いてくることだ。
72.
音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ

噂に名高い高師の浜のいたずらに立つ波は、かけないように気をつけましょう。袖が濡れると困りますから。 ― 噂に高い浮気者のあなたの言葉なんて信用しませんよ。袖を涙で濡らすことになるのは嫌ですから。
73.
高砂の をのへの桜 さきにけり 外山のかすみ たたずもあらなむ

遠くの山の峰の桜が咲いたことだ。人里近い山の霞よ、立たないでほしい。
74.
憂かりける 人を初瀬の 山おろし はげしかれとは 祈らぬものを

私の愛に応えてくれず、つらく思ったあの人を振り向かせてくれるように初瀬の観音様に祈りはしたが。初瀬の山おろしよ、ひどくなれとは祈らなかったのに。
75.
契りおきし させもが露を いのちにて あはれ今年の 秋もいぬめり

お約束くださいましたお言葉を、よもぎの葉に浮かんだ恵みの露のように、命と思って期待しておりましたのに、ああ、今年の秋もむなしく過ぎていくようです。
76.
わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲いにまがふ 沖つ白波

大海原に漕ぎ出して見渡すと、雲かと見まがうばかりの沖の白波だ。
77.
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

川瀬の流れが速いので、岩にせき止められる急流が、一度は別れても再び合流するように、愛しいあの人と今は障害があって別れていても、行く末は必ず添い遂げようと思う。
78.
淡路島 かよふ千鳥の なく声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守

淡路島との間を飛び交う千鳥の鳴く声のせいで、幾夜目を覚ましたことであろう、須磨の関守は。
79.
秋風に たなびく雲の たえ間より もれいづる月の 影のさやけさ

秋風のためにたなびいている雲の切れ間からこぼれ出る月の光の何と明瞭なことか。
80.
長からむ 心もしらず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ

あなたが末長く心変わりしないということは信じがたいのです。お別れした今朝は、黒髪が乱れるように心も乱れて、あれこれともの思いにふけるばかりです。
81.
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる

ほととぎすが鳴いている方をながめると、そこにはほととぎすの姿はなく、ただ有明の月が残っているだけである。
82.
思ひわび さてもいのちは あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり

うまくいかない恋に思い悩んで、それでも命はあるものなのに、つらさに耐えないで落ちてくるのは涙であったなあ。
83.
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる

世の中なんて、どうにもならないものだ。(世俗を離れるべく)思いつめて入り込んだ山の奥にも、鹿が悲しげに鳴いているようだ。
84.
ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

この先、生きながらえるならば、つらいと感じているこの頃の世の中もなつかしく思い出されるのであろうか。つらいと思っていた昔のことも、今では恋しく思い出されるのだから。
85.
夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり

(愛しいあなたがいらっしゃらないせいで)一晩中、物思いにふけっているこの頃は、夜がなかなか明けようとしないで、(つれないのはあなただけではなく)寝室の隙間さえもがつれなくしているみたいです。
86.
なげけとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな

嘆けといって月が私に物思いをさせるのだろうか。いや、そんなことはない。にもかかわらず、まるで月のせいであるかのように、こぼれ落ちる私の涙であるよ。
87.
村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ

村雨の露もまだ乾いていない真木の葉に、霧が立ちのぼる秋の夕暮れであるよ。
88.
難波江の 蘆のかりねの 一夜ゆえ みをつくしてや 恋ひわたるべき

難波の入り江に生えている芦の刈り根の一節(ひとよ)ではないが、〔難波の遊女は〕たった一夜(ひとよ)の仮寝ために、澪標(みおつくし)のごとく、身を尽くして〔旅人を〕恋し続けなければならないのでしょうか。
89.
玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

我が命よ、絶えるならば、絶えてしまえ。このまま生きながらえれば、(恋心を表さないように)耐え忍んでいる意思が弱ると困るから。
90.
見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし色はかはらず

血の涙に濡れて変色した私の袖をお見せしたいものです。雄島の漁師の袖でさえ、濡れに濡れたにもかかわらず、色は変わらないのですよ。
91.
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む

こおろぎが鳴く霜の降りた夜の寒々とした筵の上に、衣の片袖を敷いて、一人寂しく寝るのだろうか。
92.
わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の 人こそしらね かわくまもなし

私の袖は、干潮の時にも海に没して見えない沖の石のように、人は知らないが、涙に濡れて乾く間もない。
93.
世の中は つねにもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも

世の中は不変であってほしいなあ。渚を漕ぐ漁師の小舟の引き綱を見ると、胸をしめつけられるような思いがこみ上げてくるよ。
94.
み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり

吉野の山の秋風が吹き、夜もふけて、古都は寒く、衣を打つ音が聞こえてくる。
95.
おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖

私が、身の程をわきまえずしたいと願うのは、つらい世の中で生きている人々に覆いをかけることなのだ。比叡山に住みはじめた私の墨染めの袖を。仏の力で世の中をおおって、人々を救いたいのだ。
96.
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり

花をさそって散らす嵐の吹く庭は、雪のような桜吹雪が舞っているが、本当に古りゆくものは、雪ではなくわが身であったなあ。
97.
こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ

いくら待っても来ない人を待ち続けて、松帆の浦の夕凪のころに焼く藻塩が焦げるように、私の身もいつまでも恋こがれています。
98.
風そよぐ ならの小川の夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける

風がそよそよと楢の葉に吹く、ならの小川[上賀茂神社の御手洗川]の夕暮れは、すっかり秋めいているが、六月祓のみそぎだけが夏のしるしなのだった。
99.
人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆえに 物思ふ身は

人をいとおしく思うこともあれば、人を恨めしく思うこともある。思うにまかせず、苦々しくこの世を思うがゆえに、あれこれと思い煩うこの私は。
100.
百敷や 古き軒端のしのぶにも なほ余りある 昔なりけり

宮中の古い軒端の忍ぶ草を見るにつけても、偲んでも偲びつくせないものは、昔のよき(天皇親政の)時代であるよ。


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